2015年07月29日

「戦争のできる国」論の非常識 同盟と不可分の集団的自衛権

どこの国が日本に攻めてくるんだと言う元毎日の鳥越とか、頭がおかしいのか、はたまた買収されているのかは知らないけれど、日本には病気が蔓延しています。
もういい加減、新しい日本に移行したいと思うのに、反対して日本よりも近隣諸国のために働く邪魔者がいるのにはうんざり!
大同感の高橋洋一氏の記事をどうぞ。

安保法制について、「日本が戦争のできる国になる」「米国の戦争に巻き込まれる」といった反対派の主張があるが、これは妥当なのだろうか。

 国際政治・関係論では、これまでの戦争のデータを数量分析して、定量的な答えを出している。エール大のブルース・ラセット教授とアラバマ大のジョン・オニール教授は、従属国ではなく独立国の立場を維持しようとするなら、(1)同盟関係を持つこと(2)民主主義国であること(3)経済的依存関係を持つこと(4)国際的組織に加入すること−が、それぞれ戦争のリスクを減らすとしている。

 集団的自衛権は、同盟関係と一体不可分である。世界では、集団的自衛権なしの同盟関係はありえない。この意味で、日本で集団的自衛権の行使を認めなかったら、日本はいずれ日米同盟を解消するとみなされる恐れもある。今の安保法制は、日本では大騒ぎであるが、世界から見れば、これまで同盟関係がありながら集団的自衛権の行使を認めなかった「非常識」を、世界の常識に変えるという程度の意味しかない。

 こうしてみると、「安保法制で戦争をする国になる」などというのは感情論に過ぎない。実際、国際関係論の数量分析でも、同盟関係強化が戦争のリスクを減らすことは実証されているところだ。

 特に日本の場合、周囲には中国や北朝鮮がいる。これらの国は、民主主義国ではないので、日本との間では戦争リスクがある国である。こうしたなか、集団的自衛権の行使を認めず、同盟関係を強化しないということになれば、戦争のリスクを高めるというのが、国際政治・関係論の実証分析からの結論だ。

日本の自衛隊の実態から考えても、「戦争をする国になる」という主張が的外れであることがわかる。これまで防衛費が国内総生産(GDP)の1%という世界では低水準の枠に収まってきたので、防御専用で、戦争をできるような戦力投射能力を持っていない。せいぜい、ごく一分野だけ秀でた選手であり、戦争ができるような万能選手とはいえない。

 たしかに、戦後の戦争をみると、米国は一国だけではなく、同盟国とともに戦っている。しかし、その場合、戦力投射能力のある英仏が主力パートナーで、残りは戦闘地域の一部の国だ。米国の戦術論からみて、攻撃能力のない日本を選ばないだろう。頼むとしても、せいぜい機雷掃海などの分野となるのではないか。

 一方、米国が他の同盟国とともに戦うというのは、日本にとって抑止力の向上になっている。つまり、集団的自衛権の行使によって抑止力を向上させると、日本が戦争に巻き込まれるリスクは減少するのだ。「米国の戦争に巻き込まれる」というのは、全体としての戦争のリスク減少をまったく考慮せず、一部の事例のみしか考えていない議論である。

 集団的自衛権の行使は、本コラムで指摘してきたように、(1)同盟強化で戦争リスク減少(2)安上がりの防衛費(3)危険な個別的自衛権行使の抑制になることを忘れていけない。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

posted by bhycom2 at 03:30| 東京 ☀| 政治 | 更新情報をチェックする
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